比喩表現の理解・産出:知識の構築と利用の観点から


日本認知科学会第22回大会 ワークショップ1
2005年7月29日(金) 17:00-19:00
京都大学百周年時計台記念館

企 画:
楠見 孝 (京都大学)

話題提供:
中本敬子 (京都大学)
中川正宣 (東京工業大学)
坂本真樹 (電気通信大学)(事情により発表取り消しになりました)
野澤 元 (情報通信研究機構)
内海 彰 (電気通信大学)

指定討論:
山梨正明 (京都大学)
楠見 孝 (京都大学)

 

予定タイムテーブル

企画趣旨

1700-1705 楠見 孝 (京都大学)

話題提供

1705-1725 中本敬子 (京都大学)

1725-1745 中川正宣 (東京工業大学)

1745-1805 野澤 元 (情報通信研究機構)

1805-1825 内海 彰 (電気通信大学)

討論

1825-1835 山梨正明 (京都大学)

1835-1845 楠見 孝 (京都大学)

1845-1900 総合討論


1.はじめに

 本ワークショップでは,心理学,言語学,自然言語処理など認知科学の諸分野から比喩に関わる最近の話題を提供し,比喩表現と知識の構築や利用に関する新たな方向について参加者も含め討論することを目的とする.
 比喩は,日常言語に遍在しているが,比喩の意味をどう記述すべきか,あるいはヒトがどのように比喩を処理しているかは完全に解明されているわけではない.たとえば,近年,大規模コーパスの解析を通した知識データベースの構築が注目されているが,比喩的な語の使用の取り扱いは重要な課題である.また,逆に,ヒトがどのような処理を経て比喩理解に至るのかという問題を扱うには,非比喩的言語との関連性を保証しつつ,既有知識の活用や知識更新との関係を検討する必要がある.また,比喩の持つ修辞的効果を考えると,感性情報処理と知識利用の関係といった事項も重要な検討対象である.さらに,比喩がいついかなる目的で利用されるかを明らかにし,なぜ字義通りの表現だけでなく比喩表現が存在するのかを検討することは,これらの問題に迫る上で大きな意義を持つだろう.
このように比喩は幅広い認知機能に関わる現象であり,比喩研究を通して,ヒトの認知について興味深い知見が得られることが期待できる.特に,これまでの比喩研究の成果を踏まえつつ,新たな発展を目指すには,心理実験,シミュレーション,コーパス分析などの様々なアプローチを統合することが有効だろう.このような問題意識から,本ワークショップは下記のように構成される.
 中本は,知識のオンライン的な利用の観点から,比喩文の理解や解釈の心理プロセスについて,主に心理実験の結果を紹介し,比喩理解のプロセスについて論じる.
 中川は,テキストコーパスを対象とした言語表現の分析と心理実験,シミュレーションを組み合わせた新しい比喩へのアプローチについて論じる.
 坂本は,認知言語学の観点から,共感覚メタファーを対象としたコーパス分析,心理実験,多言語間比較などの研究を紹介する.
 野澤は,コミュニケーション論の観点から,話し手/聞き手の適応的行動調整のために比喩がどのように使用されているかに関する研究を紹介する.
 内海は,工学と認知科学にまたがる観点から,コーパスから生成した意味空間による比喩の計算モデルや修辞的効果の心理実験を紹介し,認知修辞学の方向性を提案する.
 また,指定討論者として,山梨は,認知機構および言語現象としての比喩研究が扱うべき問題という観点から議論をまとめる.楠見は,比喩研究の基礎と応用という観点から,心理,言語学的研究と工学的研究の接点を探り,今後の展望を提案する.
 これらの話題をもとに,参加者も交えた活発な討論を行いたいと考える.

2.比喩理解における意味特徴の活性化と抑制   中本敬子

2.1. 比喩理解プロセスに関する心理実験

 比喩文を理解するときには,適切な意味特徴を活性化させる一方,比喩に無関連な意味特徴を抑制し,整合性のある解釈に到達する必要がある.特に,名詞比喩文(AはB(のよう)だ)では,主題(A)と喩辞(B)が異なる役割を持つと考えられるため,意味特徴の活性と抑制には異なるパターンが見られるはずである(Glucksberg et al., 1997; Glucksberg, 2003).
これを確認するため,McGlone & Manfredi (2001)の手続きを改良し,比喩の読み時間におけるプライミング効果を検討する実験を行った.実験では,ターゲットとなる比喩文の直前に,プライムとして,(a)比喩に関連する意味特徴と構成語の一方を組み合わせた文,(b)比喩解釈に無関連な意味特徴と構成語を組み合わせた文を呈示した.その結果,(1) 比喩無関連特徴と喩辞と共に呈示したときにはターゲット比喩の理解が干渉され,逆に(2)主題と比喩関連特徴を組み合わせたプライムを呈示すると理解は促進されることが示された.これらの結果は,McGlone & Manfredi (2001)よりも,明白に,主題と喩辞が比喩理解において異なる役割を果たしていることを示している.これらの結果について,比喩文の新旧情報の構造と比喩が置かれる文脈との関連から考察を加える.

2.2. 隠喩形式の選好と比喩の性質との関連
 多くの名詞比喩文は,隠喩形式(AはBだ)と直喩形式(AはBのようだ)のどちらでも表現することが可能だが,実際には主題と喩辞の組み合わせによってどちらの形式がより好まれるかは異なる.たとえば,AとBの間に多くの意味特徴が共有されている(すなわち,適切性の高い)比喩や,喩辞の比喩的意味が慣用化されている比喩では,直喩よりも隠喩の方がより好まれることが示されている(Bowdle & Gentner, 2005; Chiappe & Kennedy, 1999; 中本・楠見, 2004).このような要因は,比喩の解釈内容と関連すると考えられる.たとえば,複数の要素を関係づける特徴を多く含む解釈を生起させる比喩は適切性が高いと評価されると同時に,喩辞の慣用化を促すと考えられる(Bowdle & Gentner).しかし,現在までのところ,どのような主題,喩辞(あるいは,その組み合わせ)に対して,どのような解釈が生起しやすいかという点は体系的に検討されていない.本研究では,フレーム意味論(Fillmore, et al., 2003)を拡張した理論(黒田ほか, 印刷中)に基づき,意味役割名と意味型名の分類から考察を加える.


3.比喩理解と比喩生成のニューラルネットワークモデル: 言語統計データを用いて 中川正宣

3.1. 比喩理解過程に関する研究

 比喩の理解過程に関する研究では,まず「A はBのようだ」と表現される比喩(直喩,例えば「バレリーナは蝶のようだ」)を対象として心理実験を行った.さらに言語統計データに基づくモデルの構築を行い,そのシミュレーション結果と心理実験結果とを比較検討した.「A はBのようだ」という形式で表現される比喩は,「B」(上記の例では「蝶」)と関連が強く,「A」(上記の例では「バレリーナ」)との関連が中程度の属性(Matching属性,上記の例では「ひらひらした」)が比喩における「B」という概念によって活性化されることによって,比喩として理解される(Ortony, 1979).また,「A」と「B」と属性との関連強度は,個人の知識構造を反映しているため,この知識構造の違いが比喩理解に影響を及ぼす(楠見,1995).
そこで,本研究では,比喩において用いられている概念(「A」と「B」)とそれらの属性との関連強度を,SD法を用いて測定した.次に,比喩を提示し,比喩として理解できるか否かを測定した.主語として使用されている概念(「A」)に関しては,比喩文提示後に再度,同様の属性との関連性の強さを評価させた.結果として,比喩を理解した場合Matching属性が活性化され,「B」と関連が強い属性が抑制されることで比喩が理解されることを実験的に明らかにできた.
 さらに,言語統計データデータに基づき,ニューラルネットワークを用いてモデルの構築を行った.モデルを用いて,比喩の理解過程でMatching属性,A特有属性(「A」と関連が強い属性),B特有属性(Bと関連が強い属性)が互いに影響を及ぼしあうことで,比喩理解が行われる過程を検証した.また,このモデルのシミュレーション結果は心理実験結果と高い一致を示すことが確認できた.

3.2. 比喩生成過程に関する研究
 比喩の生成過程に関する研究では,被験者に,ある概念(A)と,言語統計データに基づき選ばれた,その概念の非典型的な特徴を対提示し,その対表現となるべく等価な意味になるように「Aは(   )のようである」という比喩を生成してもらった.この実験結果から,与えられた概念に対して,どのような特徴が比喩生成にどのような影響を及ぼすかということを明らかにした.さらに本研究では,このような実験結果に基づき,言語統計データを用いた比喩生成のニューラルネットワークモデルの構成をめざしている.



4.色彩語メタファーへの認知言語学的関心に基づくアプローチの検討 坂本真樹(事情により発表取り消しになりました)

 色彩を表す形容詞が物理的色彩を持たない心的状態などを指示対象とする名詞を修飾することによって成立する色彩語メタファーを取り上げ,認知言語学的関心に基づくアプローチの可能性について検討したい.
 Lakoff & Johnson (1980)以来,認知言語学ではメタファー表現を生成する動機付けとなる概念メタファーの研究が中心となっている.メタファーを異なる領域間の写像として捉え,具体的な経験領域から抽象的な経験領域へという写像の方向性なども重視されている.現在のメタファー研究には,Gradyのプライマリー・メタファーに代表される「共起性」という直接的経験に基づくアプローチと,「類似性」を重視するアプローチがある.両者はメタファーを異なる領域間の写像として捉えているという点で共通しており,共起性のメタファーと類似性のメタファーには何らかの連続性があると考えられる(谷口,2003).
 色彩語メタファーを中心的に扱った認知言語学的研究はほとんどなく,視覚経験に基づき他の感覚経験を表す共感覚メタファーの一例として取り上げられることがあるのみである.共感覚メタファーについては,複数の感覚の共起性との関連でメトニミーとのつながりが指摘されるが,色彩語メタファーの場合はどのように説明されうるかについても考えたい.
 色彩語の意味は,色彩語が焦点色をプロトタイプとする構造を持つことを示したBerlin & Kay (1969) 以来,プロトタイプ意味論との関係で認知言語学において注目された.Wierzbicka (1996)は,色彩語の意味のプロトタイプ効果を動機付ける要因を,生活環境に存在する物体の色との直接的経験に求めている.例えば,「青い」の意味は,空の色の経験に基盤があるとしている.しかし,坂本・佐野(2004)および坂本・古牧(2004)は,Webやコーパスから収集したデータの分析および心理実験により,色彩語メタファーの意味は色彩語のプロトタイプ的意味や色彩学・心理学における色彩語単体が喚起するイメージのみでは説明できないことを示している.特に,否定的なイメージが喚起される傾向が指摘され,この傾向が日本語のみならず他の言語についてもみられることが,坂本(2004)によるドイツ語詩にみられる色彩語メタファー研究によって示唆されている.
 本発表では,認知言語学におけるメタファー理論を背景として,色彩語メタファーの意味が生まれる動機付けについて説明する可能性について,問題点の指摘を中心としながら検討したい.
(本発表内容の一部は,平成16年度科学研究費補助金(課題番号:16700248)の助成による研究に基づく)



5.コミュニケーションから見た比喩: その基盤と動機 野澤 元

 Lakoff & Johnson (1980)を代表とする、認知言語学による比喩研究は、比喩の基盤となる概念構造についての考えを深め、概念領域の観点から様々な比喩を記述・分類し、比喩研究を一つの大きな学問分野へと発展させた。しかし、他方で領域間写像理論は、コミュニケーションとしての比喩の動機付けについての議論を背景化してしまった。
 言語表現は字義的であれ比喩的であれ、コミュニケーションのために産出される。Wiley (1983)によるとコミュニケーションとは、「ある個体の行為が他個体の行動を変化させる信号となっているとき」である。この定義をAustin (1962)の発話行為論に沿って解釈するなら、言語的コミュニケーションとは、話手が発語行為として言語表現を産出し、かつ、発語内行為として社会的関係に基づく圧力を利用することで、発語媒介行為として特定の行動を引き起こそうとする試みだと言える。
 コミュニケーションについてのこのような考え方は、比喩使用の積極的な動機を提示する。つまり、話手が産出すべき言語表現の選択基準が、意図した行動を聞手に引き起こすことであるならば、その効果さえ保証されていれば、言語表現は意図した行動やそれに関連する状況を、字義的に意味する必要はないのである。
 例えば、He is a wolf.のように人物を危険な動物に喩える表現は、その人物に対する警戒心を聞手において喚起し、逃避といった行動を促すだろう。このような比喩は、 He is a dangerous person.といった字義的表現よりいくつかの点で効果的である。第一に、行動へと駆り立てる情動を喚起し易く、第二に、a snakeやa sharkといった他の比喩との比較で明らかになるのだが、「抵抗せず逃避するか、誰かに保護してもらう」といったより特定的な行動を示唆するからである(野澤 2004)。このような比喩は、話手による聞手の一般知識の積極的な利用の一例だと言える。
 しかし、全ての比喩にこのような積極的な動機を仮定すべきかどうかには疑問が残る。なぜなら、比喩には選択的なものの他に、不可避的なものがあるように思われるからである。例えば、時間について述べる場合、空間に喩えずに表現することは困難である。従って、時間を空間に喩えることに積極的な動機を認める必要はないかもしれない。ただし、同じ空間による比喩であっても、as time advancesと表現するか、as time passesと表現するかという選択には、例えば、状況に対する積極的な関与を促すかどうかの点で大きな違いがあるだろう。
 このようなコミュニケーションの観点からの比喩の考察は、従来の作例の単文を中心とした分析からは難しく、自然で豊富な文脈情報を含んだコーパスの利用が欠かせない。



6.認知修辞学における比喩の認知過程の解明  内海 彰

 ことばによるコミュニケーションの機能は情報伝達や行動制御であると一般的に言われている.ではいったい,なぜ人はメタファーを用いることによって受け手に感動を与えたり,ジョークで人を笑わせたり,アイロニー・皮肉を言って表面上丁寧にふるまいつつ辛辣に相手を非難したりするのに多くの時間を割くのであろうか.それは,言語が相手に情動的共感を喚起したり,対人関係を維持するという(おそらく最も)重要な機能を持っているからである.
 このような認識に基づいて,言語の伝達する意味や解釈だけではなく,言語表現の技法・解釈・効果の三者間の相互関係を人間の認知過程のレベルで説明する統合的理論の構築を目指す認知修辞学という研究プロジェクトを開始している.そして,認知修辞学プロジェクトの研究対象として最も妥当と思われる比喩に関して,以下の研究テーマが進行中である.

6.1. 隠喩の与える修辞的効果の喚起過程の認知モデル
 ずれによって生じる認知的負荷に見合うだけの豊かで多様な解釈を得ることによって修辞的効果が生じるとする「ずれの解消」仮説に基づき,隠喩の解釈過程と詩的効果
の関係のモデル化と実験による検証を行っている.今までに,理解が容易な隠喩では(エントロピーの概念を援用して定義した)解釈多様性が高いほど詩的効果が大きくなるが,理解が困難な隠喩では解釈多様性の影響はなく,表現の情緒的特性が詩的効果に影響を与えるという結果が得られている.

6.2. 解釈多様性による隠喩と直喩の違い
 上述した解釈多様性という概念が隠喩と直喩の違いを説明する主要因である(解釈多様性が高い被喩辞・喩辞ペアほど,隠喩形式のほうが直喩形式よりも選好されやすく,理解も容易である)という仮説を提唱し,心理実験を通じて仮説を支持する結果が得られている.

6.3. 意味空間に基づく隠喩理解の計算モデル
 潜在的意味解析(Latent Semantic Analysis)を用いて日本語コーパスから構築した単語の意味空間を知識ベースとして,比喩表現を構成する語の特徴ベクトルの演算により,比喩の意味を計算するモデルを構築している.Kintsch(2000)の隠喩理解モデルに比べて,より認知的に妥当なモデルが得られている.
 本発表ではこれらの研究を概観するとともに,比喩研究の今後の方向性についても論じる.



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